上越市山城探訪①

所要時間5時間5分

上杉謙信公関東への出陣の道をたどる。(春日山城跡~大間城跡~直峰城跡)

上杉謙信公が関東へ出陣した際のルート(三国街道)周辺にある山城を巡るコース。

北陸自動車道「上越IC」

車で約15

春日山城跡滞在時間60分

春日山城跡

戦国時代の名将・上杉謙信公の居城として知られる春日山城跡。国の指定史跡であり、日本百名城にも数えられています。築城の時期についてはよくわかっていませんが、南北朝時代(約600年前)には既に存在していたようです。ただ、現在見られるような広大な城に整備されるのは後のことで、上杉謙信公・景勝公と堀氏によるものと考えられています。「城」という字が「土偏」に「成る」と書くように、春日山城はまさに「土の城」であり、複雑な自然の地形を巧みに利用した堅固な城塞は、難攻不落の天下の名城といわれました。現在も、空堀(からぼり・尾根を掘って作る人工的な凹地)や土塁(どるい・土を盛って作った障壁)、大井戸など山城の特徴が残ります。

車で約40

大間城跡滞在時間60分

大間城跡

大間城は、この地方の豪族の要塞(とりで)として築かれたものといわれています。この城の特徴は大規模な築城ではなく、小さな尾根や沢が入り組んだ複雑な地形を利用して築かれたことです。山城の特色をよく残していて、上越地方ではあまり見られない本丸の「囲郭土塁」や時代の特色をよく表した壮大な空掘・土塁などが見られます。頸城平野が一望でき、三国街道沿いにあることから、戦国時代には春日山城の支城として重要な役割を果たしていました。現在この城址には、当時をしのぶものとして井戸跡、堀、土塁などがあり、上越市指定史跡となっています。

車で約40

直峰城跡滞在時間60分

直峰城跡

直峰城は、南北朝時代(1335年~1392年)、南朝方の雄将・風間信濃守信昭公(かざましなののかみのぶあきこう)の居城でした。中世の典型的な山城で、標高344m、自然の地形を巧みに利用して作られた堅固なものです。上杉謙信公の時代には、春日山城から関東へ抜ける要衡であり、直江兼続(なおえかねつぐ)の実父の樋口惣右衛門兼豊(ひぐちそうえもんかねとよ)も城主を務めました。直峰城は、徳川時代になり、廃城となりましたが、今も大規模な空堀・曲輪の跡、2kmに及ぶ敷石の道(旧三国街道)などが残り、樹齢800年といわれている大ケヤキが歴史の流れを伝えています。

車で約30

北陸自動車道「上越IC」

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