北前船とは

北前船について

住吉神社 船絵馬

北前船(きたまえぶね)については諸説ありますが、日本遺産では
・江戸時代中期(18世紀)から明治30年代にかけて
・大阪と北海道を日本海回りで
・商品を売り買いしながら航海した商船群
 としています。
(右写真:住吉神社 船絵馬)

北前船の特徴

鉄道や自動車が無かった時代、遠くに大量の物資を運搬する手段としては船が主流でした。
江戸時代、荷物を運ぶ船のことを廻船と呼んでいましたが、多くの廻船は依頼を受けて、荷物を運ぶ運賃で稼いでいました。一方で、北前船は立ち寄った港で安いと思ったものを買い、高く売れると思ったものは売る「買い積み方式」で商売をしながら航海していたことが最大の特徴です。
大阪から北海道まで一往復すると千両の儲け、現在の価値で6千万から1億円もの儲けがあったといわれています。

北前船が運んだもの

北前船は売れると思ったものは何でも運んだことから、「動く総合商社」とも呼ばれています。
北海道からは、海の色が変わるほど押し寄せたとされる鰊(にしん)を加工した鰊粕や特産品の昆布、鮭や鮑、数の子といった海産物が運ばれ、大阪(本州)からは米、酒、瀬戸内の塩、綿花、古着、藁などが運ばれました。
そのほか、荷物を降ろして軽くなった船を安定させるためにバラスト(重石)として積んだ笏谷石(しゃくだにいし)や御影石(みかげいし)は石灯籠などに加工され、各地で目にすることができます。
また、陶磁器や漆器、ろうそくなどの生活品から、お菓子やひな人形などのぜいたく品まで売れそうなものは何でも運びました。

北前船について詳しくは下記リンクをご覧ください。